銀河のほとりに (38)

小暮智一 (こぐれともかず・美星天文台長)


ドイツ科学史の旅 (その1:ハイデルベルグ)

美星スターウオッチングクラブ会報「星見だより」1996年12月号

ドイツのボンで開かれた国連と欧州宇宙機構共催のワークショップに参加した後、天文学を中心にドイツの科学史の史跡を訪ねて、南ドイツのいくつかの都市を回ってきました。ハイデルベルク、シュツッツガルト、ワイルデルシュタット、チュービンゲン、ウルム、ミュンヘンなどです。

まず、ハイデルベルグの訪問です。山の麓に宿を取った私たち夫婦は早速、観光客のにぎわうメインストリートに出かけました。目当ては通りに面して建つブンゼンとキルヒホッフの研究所跡です。研究所の建物は今もそのまま残っていて、正面の壁には19世紀の中頃、ここで2人が分光学の礎を築いたという記念パネルが飾られています。

[JPEG 22KB] 研究所跡

[JPEG 11KB] キルヒホッフとブンゼンの記念パネル

ブンゼンはブンゼンバーナーの発明でよく知られています。これは無色の高温の炎でその中に試料を入れ、バーナーの色の変化によって試料の化学組成を推定するというものです。ブンゼンに招かれてハイデルベルグに移ったキルヒホッフはプリズム分光器を製作し、バーナーの光をスペクトルに分解して化学分析の新しい分野を開拓しました。1859年の春、隣町のマンハイムで火事がありました。それを研究所の窓から見ていた2人は早速、火事の炎光を分光器に通し、炎にバリウムとストロンチュウムの存在することを見つけました。しばらくして二人がネッカー河に望む "哲学者の道" と呼ばれる山道を散策したとき、ブンゼンがふとつぶやきました、「遠い火事の火が分析できるなら、太陽にも同じことが出来ないだろうか?」。このつぶやきがきっかけとなって、キルヒホッフは早速問題に取り組み、その年の秋にはもう最初の論文が科学アカデミーで発表されました。それは太陽にも地球と同じ元素が存在するという、当時、誰も予想しなかった新しい発見を伝えるものでした。この研究が基になって天体分光学という天文学の重要な分野が誕生したのです。

[JPEG 18KB] ブンゼンの銅像

ハイデルベルグは30年前、古城の奥手にあるケーニッヒシュトール天文台を訪ねて、数日間滞在した想い出の街です。街の様子は前とちっとも変わりなく、私たちもネッカー河や古城や古い町並みを訪ねて昔を思い出しましたが、今回はブンゼンとキルヒホッフの研究所跡を中心に訪ね、印象深い旅となりました。


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Kazuya Ayani, Bisei Astronomical Observatory / ayani@bao.go.jp