銀河のほとりに (42)

小暮智一 (こぐれともかず・美星天文台長)


ドイツ科学史の旅 (その5:シュトゥットガルト)

美星スターウオッチングクラブ会報「星見だより」1997年5月号

 ドイツ南西部にひろがるシュヴァルツヴァルト(黒い森)地方の入り口にあたるシュツッツガルトは起伏の多い,緑豊かな都会です.ドイツを代表する哲学者ヘーゲル(1770-1831)はこの町で生まれ,ケプラーと同じチュービンゲン大学で哲学を学んでいます.ヘーゲル哲学の基本は対立する事物から止揚によって新しい段階へと進む弁証法にあります.それによって自然,歴史,精神の全体を包括する世界体系を完成させました.町の偉人としてシュトゥットガルト市民の尊敬を集めています.

学生時代から天文学に興味を持ち,同郷の先輩であるケプラーに深い敬愛の念を持っていたヘーゲルは,イエナ大学に就職するとき(1801),惑星軌道論,正しくは「惑星の軌道に関する哲学的論考」という就任論文を書きました.ケプラーからニュートンへかけての惑星運動論を哲学的に批判するという内容ですが,論文の中心はニュートンの批判にありました.惑星の運動法則の真の発見者はケプラーであり,ニュートンはただ数学的に法則を導いたに過ぎないと批判します.自然界の背後にある法則は事物に即した "物理的" なもので,事物を離れた "数学的" 法則は単なる頭の遊技に過ぎないとまで言っています.これは必ずしも的を得た批判ではなかったのですが,やはり,頭の中に先輩のケプラーへの思いがこもっていたのでしょう.

イエナ大学に移ってからは哲学本来の道に入り,精神現象論,論理学,歴史哲学,法哲学などの著作を次々に著し,ドイツ最大の哲学者に数えられるようになりました.しかし,天文学への思いは頭のどこかにあったのでしょう.遺著の中に「自然哲学」の1巻があり,その中では再び,惑星軌道論とニュートンへの批判をくり広げています.

[JPEG 15KB] ヘーゲルハウス

シュトゥットガルトではヘーゲルの生家をたずねてエーベルハルト通りを歩き回り,通りのはずれにようやくそれを見つけました.瀟洒な3階建で,ヘーゲルハウスという表示とヘーゲルの横顔のレリーフが飾ってありましたが,訪れたときはすでに夕方で内部の見学はできませんでした.

[JPEG 9KB] ヘーゲルのレリーフ


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Kazuya Ayani, Bisei Astronomical Observatory / ayani@bao.go.jp