銀河のほとりに (46)

小暮智一 (こぐれともかず・美星天文台長)


イシュタルとヴィーナス

美星スターウオッチングクラブ会報「星見だより」1997年10月5日号

[JPEG 19KB] イシュタルの石像
(西洋占星術、中山茂、
講談社現代新書より)
バビロンに都を築いたのは紀元前1800年頃,ハムラビ王でした. そのころ地上の神々はパンテオンに祀られると同時に,バビロンの守護神として天上に昇り,星々の間にそれぞれの座を与えらるようになりました.

パンテオンの主神であったマルドゥクは天上では明るく輝く木星に,愛と戦いの神であったイシュタルは美の象徴として金星に,それぞれ神の座が与えられ,信仰されるようになりました. 星々の運行に注目していたハムラビ王は各地の神殿に天文観象台を設け,天文観測が王朝の神聖な任務となりました. 天上でも日月と5惑星が特別の星として信仰の対象となりました. これは後に七曜信仰となり,現在の七曜の遠い起源になり,また,天界と地上を結ぶ占星術の始まりとも言われています. バビロニアで発掘された楔形文字粘土板には「火星が逆行した後にさそり座にはいると王は用心しなければならない.非常に悪い日なので外出を慎むように」といった占星術的な予言も書かれているそうです. こうしてバビロンの影響は遠くギリシャ,ローマ時代にまで及び,神話や占星術のなかにその面影が残っています.

木星になったマルドゥクはギリシャではゼウス,ローマではジュピターと呼ばれるようになり,女神イシュタルはギリシャではアフロディテ,そして,ローマではヴィーナスとなりました. こうしてヴィーナスは遠くメソポタミアに故郷をもち,金星と深いつながりを持っています. イシュタルには実は地獄を司る妹神がおり,ある時,妹を訪ねて地獄に降りて行きました. ところが地獄の掟により,獄卒にすっかり衣服をはがれ丸裸にされてしまいました. この話があるため,イシュタルは通常美しいヌード像で表されるようになっています. ミロのヴィーナスを始め,各地のヴィーナス像が美の女神として美しいヌードを見せるのは遙かにバビロンにその起源を持っているというわけです.

また,太陽神シャマシュはヘリオスからアポロへと変わり,月の女神シンはセレネからローマではダイアナと呼ばれるようになりました. アポロの男性美,ダイアナの女性美もまた美術館を飾って訪ねる人々を魅了します.

ミロのヴィーナス
(ルーブル美術館カタログより)
[JPEG 24KB]


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Kazuya Ayani, Bisei Astronomical Observatory / ayani@bao.go.jp