江戸浅草司天文台と観測機器

江戸浅草司天台は1782年10月に創建され,明治2年(1869)に業務を停止,明治5年に廃棄されるまで天体観測,改暦頒暦事業,蘭書和解事業が行われた.司天台地所内には高さ3丈(9m)の築土した台があり,台上に簡天儀(天体の時角と赤緯を測定する装置,渾天儀の内,黄道環をとりさったもの),象限儀(天体の高度を測定する装置)を据えた.また,張り出しの舞台は地平近くの日月食を観測のための場所という.この他にもう一つ高さの低い築土の台があり,黄赤全儀が据えられた.他に,圭表儀(日影により太陽の南中高度を測る装置),測午表儀,子午線儀(日月星の南中を観測する装置),蛮製地平経緯儀が据えられ,他に星鏡儀,測食定方儀,測食定分儀,蛮製観星儀,垂揺球儀(振子時計)が数個あった.

mw.gif

参考文献

斉藤国治,飛鳥時代の天文学,1982,p.125-146,河出書房新社