■ 人名辞典【い】 ページ 

イネス Innes, Robert Thorburn Ayton (1861-1933)

エディンバラ生まれ.1896年に南アフリカのケープ天文台に勤め,1903年にトランスバール気象台,1911年にユニオン天文台に勤務した.優れた観測者で1625の新しい二重星を発見した.1927年,第2の二重星カタログを出版.小惑星エロスが球形でないことをつきとめ,天体の軌道にティール=イネス定数を考案した.また最も近い恒星プロクシマ・ケンタウリの発見者.

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参考文献

中山茂編「天文学人名辞典」恒星社


イーストマン Eastman, George (1854-1932)

アメリカの発明家.イーストマン・コダック社初代社長.1878年に写真乳剤とゼラチンを混ぜて固める方法(乾板)をヨーロッパから取り入れ普及させた.1884年に写真フィルムの発明.当初はガラス乾板を紙に代えたものであった.1888年に,フィルムを使ったコダック・カメラを発明.さらに,現像の請負サービスも開始.誰でも気軽に写真を写せるようになった.1889年に写真フィルムにセルロイドを使用するようにした.この発明はエジソンによる映画発明への道を開いた.1924年にはセルロイドより燃えにくい酢酸セルロースをフィルムに採用した.近年まで天文学において写真乾板・フィルムは非常に重要な地位をしめてきたが,それもイーストマンのおかげといえる.

イーストマンは貧農の子として生まれ,満足な教育を受けることができなかった.後に大会社になったコダック社では,種々の育英事業,奨学金などを設定した.

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伊能忠敬 Ino,Tadataka (1745-1818)

江戸時代後期の天文学者.測地学者.日本で初めての全国測量地図を作成した人として知られる.

千葉県佐原市の出身.50歳までを佐原で過ごし,隠居後江戸に出て幕府天文方の高橋至時に弟子入りし,天文学,測地学を学ぶ.地球の大きさを測るために子午線1度にあたる距離の測定を志し,高橋至時の尽力で1799年に幕府御用で蝦夷地測量の名目で測量を行い,副産物として1度の距離を正確に測定することに成功した.一方幕府は,測量によって得られた蝦夷地の地図が優れていたため,全国の測量を任せるようになり,最終的に全国の測量を実施させた.成果は死後,後継者の手により大日本沿海実測全図(225枚)と大日本沿海実測録(14巻)としてまとめられた.

伊能忠敬の遺骸は遺言によって,浅草の源空寺(台東区東上野6丁目)の高橋至時の墓のと並べて葬られている.

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参考文献

http://sawara.com/tadataka/


岩橋善兵衛 Iwahashi,Zenbe (1756-1811)

江戸時代後期の代表的な望遠鏡製作者.和泉(現大阪府)貝塚の人.寛政5年頃望遠鏡を作り,窺天鏡と名づけ,当時の知識人に披露した.以後5代にわたり,望遠鏡を製作する.著書に「平天儀」,「平天儀図解」があり,当時の製作メモである「サイクツモリ」が伝わる.

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