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ヤファー Yahya, ibn Abi Mansur ( ? -830頃)

バグダードの天文学者.ペルシャ人.占星術師であるが,恒星位置の正確な決定を見出すため探究を続け観測機器の改良を行った.

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参考文献

中山茂編「天文学人名辞典」恒星社


山片蟠桃 Yamagata,Banto (1748-1821)

兵庫県出身の大阪の町民学者.家業の米屋を商うかたわら,麻田剛立に天体暦学を学び,著書「夢の代(しろ)」では天文・地理,政治・経済・医学までを述べている.日本に地動説を広めた人としても知られる.

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参考文献

中山茂編「天文学人名辞典」恒星社


山本一清 Yamamoto,Issei (1889-1959)

滋賀県出身の日本の天文学者・天文普及家.1913年京都大学物理学科卒業後,水沢国際緯度観測所に勤務,1922年〜1925年までアメリカ・イギリス・ドイツ・フランスで学んだ.1925年〜1938年京都大学教授.1929年花山天文台長兼任.IAU黄道光委員会委員長も勤める.

1920年に東亜天文学会を結成.雑誌「天界」を創刊した.私費で山本天文台を設立し,天文普及にとりくんだ.普及著書「星座の親しみ」など多数の著作も行い,日本にプラネタリウムを紹介し,1937年に大阪市立電気科学館に東洋初のプラネタリウムを設置するのに尽力した.

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参考文献

中山茂編「天文学人名辞典」恒星社
雑誌「天界」


ヤング Young,Thomas (1773-1829)

イギリスの物理学者,医者,エジプト学者.光学において波動説の支持者であり,波動論の確立者である.

有名なヤングの干渉実験(ダブルスリットによる干渉縞の実験)をはじめとして,数々の現象を波動で説明し,粒子説を批判した.そのほか,音響,毛管現象,液体の凝集などの研究があり,特に弾性体のフックの法則において,比例係数Eに物理的意味をあたえたので,現在でもヤング率と言われている.また医師としては乱視,色覚障害についてはじめて言及し,エジプト学者としてはシャンポリオンと独立にロゼッタストーンの解読に貢献している.

ヤングは,2歳で書物を読み,13歳ではラテン・ギリシャ・フランス・イタリア語を修めていた.また博物学と自然哲学をまなび,10か国語に通じた神童としてならし,19歳の時にはかなり知られたラテン・ギリシャ学者であった.1793年に医学教育を受けはじめ,ケンブリッジ大学などで研究,ロンドンで医者として1800年に開業した.1801年には王立協会の自然哲学教授になり,1800年〜1804年にかけて光の波動説に関する数々の業績を著した.その後は再び医療に集中した.

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参考文献

科学者人名事典編集委員会「科学者人名事典」丸善


ヤング Young,Charles Augustus (1834-1908)

太陽スペクトル線のカタログを作り,1876年に太陽の自転速度を測定した.著書に「一般天文学」「天文学の基礎」「天文学演習」「天文学の方法」.教師としても優れていた.ニューハンプシャー,ハノーヴァーに生まれた.1852年,ハノーヴァーのダートマス大学卒業.マサチューセッツのフィリップス・アカデミーで古典を教える.1855年,アンドーバー神学校に一時的に入学.翌年,オハイオのハドソンにあるウェスタンリザーヴ・カレッジで数学と自然哲学の教授になるために退学.1866年までウェスタンリザーヴ・カレッジにとどまる.1866年,ダートマス・カレッジの教授となる.11年後,ハノーバーからニュージャージーのカレッジに移る.引退した3年後,死去.プロミネンスの撮影に成功した最初の人.

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参考文献

中山茂編「天文学人名辞典」恒星社


ヤンセン Janssen,Pierre Jules Cesar (1824-1907)

最初のスペクトロヘリオスコープを作る.太陽スペクトルの暗線のうち地球大気によると考えられる吸収線を発見.

パリに生まれた.1840〜48年,銀行で働く.同年に独学.25歳のときに学士号を取得.パリ大学の理学部で数学と物理を学び,1852年,理学士の称号を取得.1857年,初めての科学任務を帯びてペルーへ行く.赤痢にかかって帰国.家庭教師となる.1860年,博士号を取得.1862年,医学部のフォランとともに研究を開始.1865年,建築特別学校で物理学教授となる.1873年,科学アカデミーに選ばれ,1875年,緯度局に移る.1875年,ムードン天文台台長に任命される.

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参考文献

中山茂編「天文学人名辞典」恒星社


ヤンセン Janssen,Zacharias (1580?-1638?)

オランダの光学機器制作者.1590年に父とともに複合顕微鏡,1608年に望遠鏡を発明した.なお,望遠鏡の発明にさいしては異論があり,同じオランダのリッペルスハイおよびメティウスが最初だという説もある.

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参考文献

科学者人名事典編集委員会「科学者人名事典」丸善


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