■ 人名辞典【し】 ページ  - - - -

シャロノフ Sharonov, Vsevolod Vasilievich (1901〜1964)

ソ連の天文学者.1926年ペトログラード大学卒業,レニングラード天文研究所をへて,1930年測光研究所を設立,1951年にレニングラード大天文台台長.絶対等級の決定,月の岩石と成因,火星面の物質,夜光雲などの研究で功績をあげた.

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参考文献

中山茂編「天文学人名辞典」恒星社
アボット編「世界科学者事典」原書房,他


ジャンスキー Jansky, Karl Guthe (1905〜1950)

アメリカの物理学者で電波天文学の創始者.1927年,ウィスコンシン大学卒業後,ベル電話研究所の技術者となる.

空電測定用アンテナを製作し,雷などの空電に混じった奇妙な電波雑音を発見した.それは銀河系の中心付近から,23時間56分の正確な周期で,アンテナに到着しており,1933年宇宙電波の発見を記した論文を発表した.しかし,天文学者の間からは,ほとんど反応が見られなかった.ジャンスキーは1935年以降この分野から離れ,電波雑音および電波干渉の専門家としてベル研究所で生涯を送った.

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中山茂編「天文学人名辞典」恒星社
アボット編「世界科学者事典」原書房,他


シューヴァーベ Schwabe, Heinrich Samuel (1789〜1875)

ドイツのアマチュア天文学者.

1810〜12年ベルリン大学で薬学を専攻し,薬剤師の家業を継いだ.大学時代に天文学に興味を抱き, 1826年から太陽黒点の連続計数測定をはじめた.1843年までの17年間の観測から,黒点数に10年の周期があることがわかった.この発見は当時無視されたが,1851年にフンボルトが注意を呼びかけてから,彼の発見が認められた. 1857年,王立天文学会のゴールド・メダル受賞.1868年には王立協会に選ばれる.彼は王立天文学会から金メダルを贈られた.

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中山茂編「天文学人名辞典」恒星社
アボット編「世界科学者事典」原書房,他


シュヴァルツシルト Schwarzchild, Karl (1873〜1916)

ドイツの天文学者.理論天体物理学の創始者の1人.

1891年シュトラスブルク大学に入り,ミュンヘン大学に移り学位を取得した.その後,クフナー天文台助手,1901年ゲッティンゲン大学準教授および同天文台長,1909年ポツダム天体物理天文台の台長となった.

彼の業績は多方面にわたっており,主なものを次に掲げておく.幾何光学,写真測光法,天体力学,日食時の太陽の各種のスペクトル観測とその分析,太陽面の紫外線強度,太陽エネルギーの伝達,太陽および太陽大気の構造,彗星の尾の理論,恒星の構造,恒星系,恒星の視線速度の測定,恒星運動の二星流現象についての速度楕円体の仮説,一般相対性理論の研究およびそれに基づく宇宙モデル,ブラックホールのシュヴァルツシルト半径など,これらの諸分野の開拓者として,多くの業績を残した.

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中山茂編「天文学人名辞典」恒星社
アボット編「世界科学者事典」原書房,他


シュヴァルツシルト Schwarzschild, Martin (1912〜1997)

ドイツ系アメリカの天体物理学者.カール・シュヴァルツシルトの第2子で,主として恒星進化論の分野で活躍し,恒星の構造,年齢,運動,色の決定,恒星内での元素の形成,変光星の振動,星間雲などの観測と理論的研究で功績を残している.1958年「恒星の構造と進化」を著す.

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中山茂編「天文学人名辞典」恒星社
アボット編「世界科学者事典」原書房,他


シュクロフスキー Shklovski, Joseph (1916〜  )

ソ連の天文学者.シュテルンベルク天文台の理論天文学者で,宇宙の水素原子が21cm波長の電波を放射していることを,ファン・デ・フルストとは独立に予測し,またOHの18cm波の検出を予想した.1952年に銀河系のハローの存在を提示した.1953年には,かに星雲の電波をシンクロトロン放射で説明することに成功し, 1962年には銀河の絶対電波等級と放射領域の大きさの関係を作図し,主系列と巨星列の2つのはっきりした系列に分かれることを主張した.

クエーサーのエネルギーの放射源の大きさが非常に狭いことを正しく指摘したり,3Kの宇宙背景放射が光学的にも観察されることを示すなどの業績をあげている.

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アボット編「世界科学者事典」原書房,他


シュスター Schuster, Arthur (1851〜1934)

ドイツ系イギリスの物理学者.

1873年,1882年,1886年に日食観測に参加し,キャベンディシュ研究所,オーエンス大学応用数学教授を経て,マンチェスター大学物理学教授(1888〜1907)となった.彼は分光学―とくに太陽コロナと恒星のスペクトル,熱量測定,放射線測定,地震学,地磁気の分野で功績をあげた.恒星大気の吸収線の形成についてシュスター・シュヴァルツシルトモデルをたて,輝線の形成についてもシュスター過程を発見し,1897年にスペクトル系列に関するリュードベリー・シュスターの法則を独立に発見している.

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シュタイン Stein, Johan Willem Jakob Antoon (1871〜1951)

オランダの天文学者.ライデン大学で物理学と天文学を学び,セント・ウィレブロード大学の教師を経て聖職に転じ,1906年にヴァチカン天文台の助手となり,変光星,二重星の研究を行い,変光星図を編集した.後にヴァチカン天文台長となり,天体物理観測所を新しく建てた.天文学史についても研究を行なった.

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シュタインハイル Steinheil, Karl August (1801〜1870)

ドイツの物理学者,天文学者,望遠鏡製作者. 1821年にゲッティンゲンとケーニヒスベルク大学に入り,卒業後ベルリン学士院星図の編集を行なった.1832年ミュンヘン大学数学教師,1854年に光学器械製造会社設立.

精巧な光度計を作り,色消レンズ屈折望遠鏡の改良,銀メッキ反射鏡の設計などを行なった.

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シュテファン Stefan, Joseph (1835〜1893)

オーストリアの物理学者.ウィーン大学卒業,1863年に物理学教授となった.ガスの運動理論,流体力学,電磁誘導,熱磁気効果,光の干渉,毛管現象,ガスの熱電導率などを研究した.ラチナ線の熱の測定を試み,物体からの全放射量は絶対温度の4乗に比例するという重要な法則を見出した.これを物理的に研究した彼の教え子のボルツマンは,1884年に,完全な黒体についてのみ,この法則があてはまることを明らかにした.

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シュトルーヴェ Struve, Otto (1897〜1963)

ロシア系アメリカ人の天文学者.ルートヴィヒ・シュトルーヴェの息子で,1914年ハリコフ大学に入ったが,戦争と革命にまきこまれ,1921年にアメリカに帰化した.シカゴ大学をへて1932年にヤーキス天文台の台長,1939年にはマクドナルド天文台の台長,後にカリフォルニア大学の天文学科長,1959年国立電波天文台長,1962年にはプリンストン高等研究所に勤務.早期型巨大質量の近接連星系内のガス流の研究をはじめ,恒星大気の構造,特異星,その他多くの業績を残している.

彼は天文学の広報と天文学者間の情報交換にも力を注ぎ,1932年から15年間アストロフィジカル・ジャーナル誌の編集長をつとめ,天体物理学の概念を一般人にもわかるように解説した記事を書いた. 10以上の大学から名誉博士号を贈られたばかりではなく,1944年にはロンドン王立天文学会から最高の金メダルを与えられた.

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中山茂編「天文学人名辞典」恒星社
アボット編「世界科学者事典」原書房,他


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